ハギ(萩)

              作品はマルバハギ
 日本最古の歌集「万葉集」は全20巻、4615首から成っている。そのなかで、植物は草本類が約80種類、木本・竹類が約80種類で、計約160種類が詠まれているが、同種異名もあり万葉植物は約150種類と考えられる。
 表面に現れている植物の種類はわずか150種類だが、植物を詠み込んでいる歌は枕詞やその他に植物と関連のあるものも数えると、歌集全体の3分の1の1600首にも及ぶ。万葉の人々が、植物や花に対して非常に関心を示していたことがよく分かる。
その中で、ハギは秋を代表する花として最も親しまれた植物で、『万葉集』にはハギの花を詠み込んだ歌が141首見られ、最も多く詠まれている。山上憶良の「萩の花 尾花葛花 瞿麦(なでしこ)の花 女郎花(おみなえし)また藤袴 朝顔の花」(8・1538)により、ハギの花を秋の七草として第一にあげている。
 万葉の人々にとって、花見はサクラではなくハギだった。秋、ハギの花が咲くのを心待ちにした。「わが待ちし 秋は来りぬ 然れども 芽子(はぎ)の花そも いまだ咲かずける」(10・2213)。
 待ちに待ったハギの花が咲くと、人々はハギの花見に野山へと出かけていった。「秋風は 涼しくなりぬ 馬並めて いざ野に行かな 芽子が花見に」(10・2103)。

 『万葉集』に詠まれるハギの歌のうち25首は栽培されているハギを歌ったもの。「秋さらば 妹に見せむと 植えし芽子 露霜負ひて 散りにけるかも」(10・2217)、「わが屋前(やど)の 芽子の花咲けり 見に來ませ 今二日だみ あらば散りなむ」(8・1621)。
 『万葉集』にはハギと鹿を組み合わせた歌が22首あり、ハギの茂る野に鹿もよく現れたと思われる。ハギには鹿鳴草という別名もある。「秋萩の 咲きたる野辺は さを鹿ぞ 露を別けつつ 妻問(つまどい)しける」(10.2153)

 「萩」は国字。秋に花が咲く秋の草の代表として草冠に秋の字をあてた。「萩」という字が初めて現われる文献は『出雲国風土記』(733)であるが、万葉集には使われていない。万葉集では、「芽子」、「芽」、「波疑」、「波義」が使われている。平安時代以降になって、「萩」の字を用いるようになったと思われる。
 ハギの語源は諸説あるが、ハエキ(生芽:毎年古い株から芽を出すこと)からハキに、そしてハギになったとする説が最も有力である。『万葉集』でも「芽」、「芽子」の字を用いてハギと読ませる歌が多い。

 ハギはマメ科ハギ属の落葉低木または多年草の総称であり、ハギという種はない。ふつうハギと呼ばれるのはヤマハギ、ミヤギノハギ、ツクシハギ、マルバハギなどである。ハギは、落葉性で茎はよく分枝するかあるいは根元から多数分かれて伸び、多くは花期に枝がしだれる。葉は三小葉をもつ複葉で、小葉は楕円形。花は長さ1-2cmで紅紫色、穂状に多数集まって咲く。果実は小形で扁平な楕円形で、中に一個の種子がある。

 万葉の時代にはハギを種で区別することはなかっただろうが、万葉集で詠まれているハギの種は何だろうか。牧野富太郎はヤマハギだとしている。
   
                ヤマハギ                  ミヤギノハギ
 ヤマハギは日当たりのよい山地の草原、林の周囲などに生育し、高さ2mほど。枝はほとんど垂れない。葉は3出複葉で、小葉は広楕円形または広倒卵形で長さ5 cmまで。花は7~9月に咲き、北海道から九州に広く分布する。しかし、中野進は「花と日本人」(花伝社)の中で、ヤマハギは関東や東北では普通に見られるが、関西では500m以上の山や高原の草地でないと見られないとし、奈良で普通に見られるのはニシキハギかツクシハギであるという。
 ヤマハギは北海道に自生するエゾヤマハギが母種であり、本来は寒冷な地を好む。関東以西であれば平地でも育てられるが、西日本の平地では育ちにくい。ニシキハギは本州中部以西、四国、九州の日当たりのよい平地から山地に自生する半低木で、高さ約1.5m。小葉は長さ2〜6cmの長楕円形。ツクシハギはヤマハギに似るが、小葉は厚質、花は晩夏から秋に咲き、紅紫色。本州、四国、九州に分布する日本固有種である。
しかし、薬学博士の木下武司は「万葉植物文化誌」の中で、大伴家持の歌「さを鹿の 朝立つ野辺の 秋萩に 玉と見るまで 置ける白露」(8.1598)に、玉のような白露がハギに降りたとあるが、ヤマハギであれば葉がほかのハギより大きいから、十分にありうる。ハギと露を取り合わせた万葉歌は実に36首もあるが、そのハギとはまちがいなくヤマハギである。また、この歌にある鹿とハギを取り合わせた歌も全部で22首もあり、萩が茂る野に鹿がよく出現したと思われる、と述べている。

 ミヤギノハギは、本州の日本海側に分布するケハギから園芸化された日本固有種で、公園や庭などに広く植えられている多年草。高さニメートルほどで枝がよくしだれる。またミヤギノハギは初夏と秋に二度咲きするハギでもある。名前の由来は宮城県に多く自生するからで、宮城県の県花になっている。